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レーシック

2016年09月09日

アナザーストーリーズ『ムーン・ウォーク』誕生の秘話その7

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ポール・マッカートニーはじめ、数々の白人のトップスターたちと共演。人種の壁を越えて、ヒットを重ねていったマイケル。だがこの頃から、ひとつの疑惑がささやかれるようになる…。


マイケルは、白人になりたいのではないか…


見た目の変化がこの疑いに拍車をかけた。

―スティーブン・アイボリー(マイケルを長年取材した音楽記者、59歳)
彼は深刻な皮膚病に苦しんでいたんだ。あまりに症状がひどくて、黒い肌にほとんど戻せなかった…。結局肌全部を白くするしかなかったんだ。けっして、白人になりたかったわけではないんだよ。
(白斑病、皮膚の色素が部分的に抜ける皮膚疾患。アメリカでの発生率は1%前後)


マイケル、君はわたしと同じだ



アステアの言葉は、一種の予言だった。
―――きっと君はわたしと同じように人種を超えたスターになれる。



マイケルの賛辞を贈った4年後、フレッド・アステアはこの世を去る。同じ年、アステアからバトンを受け取ったことを、マイケルは鮮烈な形で示した。




映画「ムーン・ウォーカー」の最大の見せ場、スムースクリミナル、アステアの映画、「バンドワゴン」と全く同じ演出をしているのだ。





白いスーツ、白い帽子に青いシャツ。
目にも鮮やかな赤いドレスとの女性とのダンス。
マイケルがアステアと並ぶ存在になったと、世界が認める圧巻のパフォーマンスだった。


The Band Wagon - Fred Astaire and Cyd Charisse





フレッド・アステアから受け取ったバトン…
1993年 スーパーボール ハーフタイムショー
http://michaels-page.seesaa.net/article/441741254.html
1996年 アルバム「History」ワールドツアー
2001年 アルバム「Invincible」発売


その先はもう、誰も見たことがない世界・・・・

2009年「This is it」ツアーリサイタル…
だが、その道半ばにして、彼は倒れた。


世界の頂点に君臨したまま、この世を去った、マイケル・ジャクソン。
ハリウッドのレジェンドたちが名を連ねるハリウッド・ウォーク・フェイムにマイケルはいる。敬愛するフレッド・アステアとともに・・・・。


世界中が悲しみに暮れたマイケルの死。
その晩年、彼は何を見つめていたのか…。
それを最もよく知る男、トラヴィス・ペイン。


死の前日まで、彼のそばに居続けたトラヴィス。32年前11歳の少年だった彼もあのムーン・ウォークを見つめていた一人だった。


最後の日々を知る男

スーパースターマイケルの、彼だけが知るアナザー・ストーリー

並ぶものなきスーパースターとなったマイケル。
ムーン・ウォークに始まる物語は、その絶頂で終わる。


16年もの間、振付師としてマイケルを支え、幻のラストツアー「This is it」の振り付けも担当していた。人呼んで「マイケルの分身」。


トラヴィスは帽子を手に、「マイケルにとって帽子というのは大事で、完璧な形でないといけないんだ」と語る。


子どもの頃から運動神経抜群、踊ることが大好きだったトラヴィスは、もともとはバレーを習い、プロを目指していた。


しかし12歳のときあのモータウンのときのマイケルのムーン・ウォークを見たことが、彼の運命を大きく変える。


トラヴィス
――あれは本当に衝撃的だった。あのとき将来ぼくは何をしたいのかわかったんだ。本当に魔法のような瞬間だった。あれを見て、ぼくはこの世界に入る、マイケル・ジャクソンと仕事をするって決めたんだ。


それから8年、ストリートダンス、ジャズダンス、あらゆるダンスに必死に打ち込んだトラヴィスは、高校卒業後すぐ、ロサンゼルスにやってきた。チャンスをつかんだのは、19歳のときだった。マイケルのミュージックビデオに参加する機会を得た。


トラヴィス
――仕事は、1.2.3、ワン・ツー・スリーとカウントする係。だけど忘れられないね、その時初めてマイケルに会えたんだ。「ぼくはこれまでの人生であなたに会うことだけを夢見て頑張ってきたんです」と「大人になったらあなたと一緒にさせて下さい」と言ったんだよ。そしたら、一言「クール、クール、ファイン」とマイケルは言ったんだよ。



トラヴィスには、すでにどんなダンスでも踊れる実力があった。
マイケルはそれをひと目で見抜いた。わずか1年でライブの振り付けに抜擢された。



それから16年(1993年〜2009年まで)マイケルの振付師・バックダンサーを務める。マイケルの仕事に関する凄まじい完璧主義にいつも圧倒されていた。



トラヴィス
――例えば「ゴースト」というビデオは、完成まで4年もかかったんだけど、それは彼が、「映像技術の進歩をまとう」、と言い出しからなんだ。



Michael Jackson's GHOSTS




金字塔を打ち立てた「スリラー」以降、ヒットの重圧がマイケルにのしかかり、作品を発表するペースは遅れ、プライベートばかりが追い回される…トラヴィスがかかわった16年間で発表したアルバムはわずか2枚。だが売り出したとたん、チャート1位だった。



人びとは常に、次回作は?新作は?と期待する。それがさらにマイケルを追い詰めていった。



トラヴィス
――新しいものを最高の状態で世に出す、マイケルが望んでいたのがそれだ。それには時間が必要なんだ。モータウン25の時とは、もう別人なんだ。



最高の作品を作るには、最高のスタッフが必要。
その凄まじいこだわりゆえに、マイケルの下を去らざるを得なくなった者もいた。運転手兼付き人だったネルソン・ヘイズは、51歳で突如契約の終了を告げられた。



ネルソン・ヘイズ
――そのころは、マイケルの周りにあまりにたくさんの人がいて、もうマイケルに直接話をすることができなくなっていた。もちろん、時々私を見つけることがあれば、「ネルソン!」って呼びかけてくれて、そりゃうれしかったよ。わたしはマイケルに電話して、仕事をくれとはもう言えなかった。わたしは不運だったのかな?いや幸運だったよ…。だってマイケルが輝き続けた日々をともにできたんだから。
ネルソン・ヘイズとマイケル



兄たちとの距離も遠くなった「モータウン25」の後、兄弟が共演したのはわずか1回。マイケルはもはや、1人で光を放つ存在だった。



ジャッキー・ジャクソン
――嫉妬なんて全くない。あいつの活躍は純粋にうれしかったよ、だって弟なんだから。俺は最初からあいつの成功はわかっていたんだ、すぐにビッグになるってね。


そんな中、マイケルが最後のツアーと銘打ってツアーを始めたのが「This is it」だった。



トラヴィスは、マイケルから全幅の信頼を得て振り付けを任される。



トラヴィス
――マイケルの作品は、その時その時の彼自身の人生を映し出した鏡なんだ。「This is it」は、その決定版になるはずだった。ぼくはマイケル自身をひとつの作品にしたかった。美術館に飾られる名画のように、時代が変わっても評価され続けるものにしたかったんだ。



ツアーのチケットはたちまち完売、時を経ても色あせない最高のマイケル像を見せるはずだった。だが、公演初日の18日前、マイケル・ジャクソンは帰らぬ人となる。



2009年6月25日マイケル・ジャクソン死去



その前日も、トラヴィスはマイケルと一緒にいた。


トラヴィス
――マイケルと最後にあったのは、2009年6月24日、「This is it」のリハーサルをしていたんだ。


マイケル・ジャクソン『ムーン・ウォーク』誕生の秘話その8へ続く





posted by カヨ at 00:31| Comment(0) | ★マイケル放送内容 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アナザーストーリーズ『ムーン・ウォーク』誕生の秘話その8



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その前日も、トラヴィスはマイケルと一緒にいた。


トラヴィス
――マイケルと最後にあったのは、2009年6月24日、「This is it」のリハーサルをしていたんだ。「おやすみ」って言って別れたんだ。「また明日ね」って‥‥。それが最後の会話になるなんてね‥‥。


亡くなる前、マイケルはトラヴィスにこんな言葉を送っていた。



トラヴィスへ
限界なんてない
どんな山も登れる
君の理想を信じて突き進め




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マイケル自筆の内容




マイケル亡き後、トラヴィスはマイケルに関する仕事を一手に引き受けた。あの日のムーンウォークを見て、夢を抱いた少年は、マイケルのこだわりを形にできる唯一の後継者となっていた。



トラヴィス
――いまでも頭の中で聞こえるんだ、
「もっと行けるだろ?」「それでいいの?」
だからいつも、これならマイケルもいいって言うだろうって、10年経ってもいいもんだと言うだろうって、彼の声を聞き続けているんだ。



わずか2秒間のムーン・ウォークが多くの人の人生を変えた。夢を叶えた者、今も多くの夢を追い続けている者…死してなお、強い光を放ち続けるスーパー・スター、マイケル・ジャクソン。



あの日から32年、2015年2月28日、モータウン25が初めて再放送された。マイケルがムーン・ウォークを見せたあの躍動感がよみがえる。昔見た世代も、今初めて見る世代も、みんな彼の虜だ。



ジャッキー・ジャクソンにとって、マイケルは今も最高の弟だ。



ジャッキー・ジャクソン
――ステージにいると、今もマイケルの存在を感じるんだ。彼の魂とともに舞台に立っているんだ。あいつは生涯マイケル・ジャクソンであり続けた。ほかにマイケル・ジャクソンになれるやつはいない。



キング・オブ・ポップを生んだ2秒間、その伝説は永遠に輝き続ける


終わり
読んでいただきありがとうございました。






posted by カヨ at 11:26| Comment(0) | ★マイケル放送内容 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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