fx 比較
レーシック

2010年07月14日

マイケルはバブルスと会話するのが夢だった


Mind Is the Magic: Anthem for the Las Vegas Show



News of The Worldによると、
マイケルはバブルスに声帯を移植できないかと、何千ポンドをも費やしたのを明らかにすることができる、としています。
bubbles-latoya.jpg

bubbles5.jpg

ラトーヤは、「マイケルはいつもバブルスに話して、話させる方法を知りたがっていました」と話します。マイケルはバブルスにA,B,Cを教えたい、と考えていたと言います。


「彼らは確実にコミュニケーションしていたわ」 。

bubbles-michael.jpg

「マイケルが私に電話をしてきたある朝、『ラトーヤ、彼はボクがするすべてを真似るんだよ』と言ったわ。 マイケルが歯を磨き始めて、バブルスはマイケルの様子を見上げて、歯のブラシを持つ、そして、同じように歯を磨き始めたわ」


「弟マイケルは、声帯をバブルスに与えたくて、'私はそのマイケルの考えが実現可能か、わかりやすくより詳しく説明してもらいたくて、医師に尋ねたの」


しかし医師は、それが過去一度も試みられたことがなかったことから危険であり、バブルスを傷つけてしまうことを心配しました。


バブルスは、マイケルのベッドを共有して、彼と共に1987年のBadワールドツアーに行ったのでした。マイケルは4年間そのバブルスの声について固執しました…


そしてバブルスが話すのを助けようとするために、サルの専門家を数千ドルかけ、飛行機で招き試みていました。


しかしそれは実現しませんでした。ほんの時折、ウォウウォウと吠え声をあげることを確かめることで終わりました。


1988年この最愛の仲間バブルスはとうとう、カリフォルニアのエンシノの家から引っ越させなければなりませんでした。大きくなり過ぎたからでした。

bubbles4.jpg

「家に来たトレーナーは、状況よくない、彼バブルスがそこにいるべきでないと感じた」と、ラトーヤは言いました。


バブルスはほどなく、カリフォルニア猿保護区に連れていかれましたが、その後はマイケルのネバーランドランチへよく来る訪問客となりました。

bubbles3.jpg

ネバーランドを訪れたときに、彼は、マイケル・ジャクソンの寝室のエキストラベッドで眠って、歌手のトイレを使用して、フードパーティーをしてもらいました。


ラトーヤは、「バブルスは非常に強くなったの、若かったとき彼は、あなたをぴしゃりと叩いても、痛くはなかった。 しかし今、彼はあなたをノックアウトするかもしれないわ。時々、シャンデリアにつかまり、スウィングし、テーブルに飛び移って遊んでいて、マイケルは“ダメ!ダメ!”と大声をあげたわね」 と言います。


マイケル・ジャクソンの息子プリンスが1997年に生まれた後、バブルスのネバーランドへの日帰り訪問がなくなりました。


それでもマイケルは、自身の声を聞かせるために定期的にバブルスに電話をしていましたが、子供が成長するにつれ、その回数はより少なくなりました。


2003年頃にはバブルスは攻撃的な大人のチンパンジーに成長しました。トレーナーはバブルスがマイケルを傷つけることをたいへん怖れていました。しかしマイケルは2004年にバブルスに会ったのが最後です。


バブルスは現在、フロリダで元気に生きています。彼に対して行ったマイケルの計画は決してうまく運びませんでしたが…


チンパンジーは通常表情で、表現します。喉を動かすことは必要とはしていません。もし、実行していたらバブルスは死んでいたでしょう。


ニュース・オブ・ザ・ワールドより


バブルスがもし、話をしたらなんて言ったでしょう?

記事ソースはこちら

その他の海外芸能人←最新情報はコチラ♪

posted by カヨ at 09:27| ★ジャクソンファミリーと父 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
人気ブログランキングへ にほんブログ村 芸能ブログ 海外芸能人・タレントへ

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。