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2009年07月10日

1993年 スーパーボール ハーフタイムショー





ジャクソン氏こそ、スポーツとトップエンターテイメントを融合させ、スーパーボウルが世界の人々の注目される“メガ・イベント”として認知されるきっかけを作った張本人であった。



 1993年、QBトロイ・エイクマン率いるダラス・カウボーイズが、52対17でバッファロー・ビルズを下した第27回大会のハーフタイムショーでのジャクソン氏のパフォーマンスは、スーパーボウル・ハーフタイムショーの新たなスタンダードを築いたと言われている



 それまでのハーフタイムショーといえば、カントリーミュージシャンやマーチングバンド、ディズニー・キャラクターなどの、いわゆる“万人向き”のものが多かった。しかし、ハーフタイムショーの視聴率が試合に比べて10%近く落ちることを改善し、13歳から35歳といった若い世代の視聴者層を獲得したいと思ったNFLサイドが、これまでの保守的な路線から脱皮し、当時、人気絶頂にあったジャクソン氏に白羽の矢を立てたのだ。 


 その思惑が見事的中し、ジャクソン氏のハーフタイムショーは、スーパーボウルの前半戦よりも高い視聴率を記録したのであった。結果、スーパーボウルそのものの価値が上がり、世界のトップアーティストを毎年ハーフタイムショーに招くことが定着していったのであった。



ジャクソン氏以降は、

ダイアナ・ロス(1996年第30回大会)
スティービー・ワンダー(1999年第33回大会)
エアロスミス(2001年第35回大会)
U2(2002年第36回大会)
ポール・マッカートニー(2005年第39回大会)
ザ・ローリング・ストーンズ(2006年第40回大会)
プリンス(2007年第41回大会)
ブルース・スプリングスティーン(2009年第43回大会)


など、錚々たる顔ぶれがステージに立ち、スーパーボウルは世界の誰もが認める“メガイベント”として確立していったのである。


 ジャクソン氏との出演交渉を行ったときの逸話を記した当時の雑誌記事を読むと、NFLサイドの苦労話が載っていた。まず、スーパーボウルさえ知らなかったジャクソン氏に、まずNFLがどんなスポーツで、誰がプレイするかなど、一から説明しなければならなかったという。



そして、引き受けてもらうまでに合計3度断られたが、スーパーボウルが数多くの発展途上国を含む世界100カ国で放送されて、世界各地に駐留している軍関係者にもライブで観てもらえることがマイケルの心を動かし、「さすがに、僕もそこはコンサートツアーでは行けないからね」と語って、承諾に至ったという。



チャリティー活動に最も熱心だったポップスターとして、ギネスブックにも記載されているジャクソン氏らしい出演動機であったといえる。



 ちなみに、スーパーボウルのハーフタイムショー出演料は、一切ないのが通例。ジャクソン氏ももちろん“ノーギャラ”。交通費や宿泊費などの必要経費だけしか支払われなかった。だが、その他に、ジャクソン氏が設立した基金「Heal the world foundation」にNFLが10万ドル(現レートで約1,000万円)を寄付したことが記録されている。





記事引用は⇒NFLジャパン
posted by カヨ at 15:22| Comment(0) | ★MJの急死報道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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