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2009年09月29日

マイケルジャクソンペプシCMの事故その5

マイケルジャクソンペプシCMの事故その5


マイケルはなぜ乗り気でなかったのにペプシのCMを引き受けた
のか?そのこたえが西寺さんの著書にあった。


「ヴィクトリー・ツアー」が最後だと割り切って、兄弟たちとツアーに臨むことになったマイケル。その「ヴィクトリー・ツアー」は母キャサリンの『兄弟揃ってライヴをして欲しい』という願いに不承ながら、母の頼みに弱いマイケルは承知した。


ツアーのスポンサーにもなったペプシのCM出演は友人達は大反対だった。
ヴェジタリアンだったポール・マッカートニー、妻のリンダ、マーロン・ブランドー、ジェーン・フォンダ、スティーブン・スピルバーグは「炭酸飲料のCMをするなんて君の価値が下がる」と猛反対したが、このときの莫大なギャランティに目がくらんだ兄弟、家族たちは「なぜこんないい話を断るのか」と一丸となって契約を望んだからだった。


ギャランティやその後の展開は続きはこちら
西寺郷太さん著
新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書
で詳しく書かれてある。

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posted by カヨ at 22:44| ★ペプシCM撮影時の事故 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月24日

マイケルジャクソンペプシCMの事故その4

ところで、ペプシCMでのやけどのけがはどの程度の
ものだったのか。


整形手術を担当したスティーブン・ホフリン医師により、
マイケルは炭酸ガスレーザーを使って、その跡を取り除く
手術を行っている。

実際、引火した時の傷跡は13センチ×5センチにも
およんでいる。

この頃、マイケルは「ゲイ」ではないかとうわさされていた。
そのほか、マイケルは高い声を出すため
「女性ホルモン注射をし、性転換手術も検討している」
ともうわさされていた。

「こうしたうわさは、マイケルを打ちのめし深く傷つけた」
とホフリン医師は話している。


ゴシップとやけどで深く傷つきいやおうなく鎮痛剤を
避けられなかったと思われる。
マイケルジャクソンペプシCMの事故その5へ




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*炭酸ガスレーザーとは
http://michaels-page.seesaa.net/article/124147137.html

posted by カヨ at 07:15| ★ペプシCM撮影時の事故 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月19日

マイケルジャクソンペプシCMの事故その3

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その夜、エンシノ(ロサンゼルス)の自宅で、マイケルは
事故の時のビデオを観た。


にやにや顔のジャーメインの背後の階段に立ったマイケルの
頭が炎に包まれているのがはっきり映っていた。


マイケルは激怒していた。
ペプシ側は、今度の事故をマイケルに押し付けようとしていたからだ。


それは、マイケルがいつも使っていたヘアオイルは
------引火性が高く、照明に近づき過ぎたため発火したのだ-----
というものだった。


最初は、マイケルはありのまま放送すればいいと強く主張していた。
そうすれば、「ペプシが僕にどんな仕打ちをしたか」
一般の人にも観てもらえるだろう。


だが、結局事故当時の写真はピンぼけのものを
マスコミに発表しただけだった。



「ペプシコは、僕が訴訟を起こすかもしれない
と恐れていた。やろうと思えば訴訟は起こせた」
マイケルはこう、のちに語ってる。



「でも、僕の対応は紳士的だった。本当に」
そして実際には、マイケルは厄介な訴訟に持ち込んで
長引くよりは、と考えて現金で150万ドル(1.7億円程度)
の支払いをペプシコに要求した。



ペプシコ側はしぶしぶ全額を支払った。マイケルはそれを資金
にしてブロットマン医療センターに新しい火傷病棟をつくった。



ペプシのコマーシャルは、グラミー賞授賞式の中継で初めて
放映されることになっていた。


それまでの間、マスコミはあの悲劇の事故の模様と、
マイケルの回復の様子をタイムリーに伝えていた。


「ピープル誌」は表紙で、マイケルに降りかかった災難を
詳しく報じるとマイケル援護だった。


しぶきをあげてほとばしるかのごとく、大衆からの
同情は、マイケル自身にも意外だった。


ポップスターにはありえないことだったから。
何といっても、この種の宣伝は金をかけてやろう
にもできることではない。


退院してわずか、1週間経つか経たないうちにCBSは、
マイケルの「スリラー」大ヒットを祝うパーティを開いた。


ニューヨークの自然史博物館(マンハッタン・ウエストサイド)
を会場にするというビッグイベントは、25万ドルかけてつくら
れたパーティの招待状に、おなじみの白い手袋が印刷されて
いて、たちまちニューヨーク中の話題を独占していた。




マイケル・ジャクソンの新たなる伝説の始まりがここから始まる。
同時に、マイケル・ジャクソンの長きにわたる戦いも…
ペプシCM撮影事故その4へ




micheal.jpg



参考書籍
「今世紀最大のポップスターの悲劇と真実」
クリストファー・アンダーセン著

posted by カヨ at 08:00| Comment(0) | ★ペプシCM撮影時の事故 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月17日

マイケルジャクソンペプシCMの事故その2


マイケルジャクソンペプシCMの事故 1話はこちら

マイケルジャクソンペプシCMの事故その2


           撃たれた?



少なくとも、話題沸騰中のペプシのコマーシャル撮影に
立ち会おうと、ロサンゼルスのシュライン・オーディトリアム
劇場に集まった3000人以上のファンの目にはそう映ったかも
しれない。
続きを読む
posted by カヨ at 01:50| Comment(0) | ★ペプシCM撮影時の事故 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

マイケルジャクソンペプシCMの事故その1


マイケルジャクソンペプシCMの事故 1話

マイケルジャクソンの1984年の出来事で
忘れられないのはやはりあの、
ペプシのCMでのシーンである。


1984年を目前にした年末恒例の番組
「ニューイヤーズ・ロッキン・イブ」で、ディック・クラークは
ごく当たり前のことを言った。

「1983年はマイケル・ジャクソンの年だった。
さもなくば、誰の年でもなかったことになる」
たしかにアルバム「スリラー」は傑作の呼び声が高かった。



年が明けて、1984年1月16日、ディック・クラークが
プロデュースするアメリカン・ミュージック・アウォードの
授賞式が開催され、マイケルはブルック・シールズ、エマニュ
エル・ルイス、ラトーヤと連れだって会場に現れた。


その夜、マイケルは鏡でずっと自分の姿を映し、
「ねえ、ブルック、ボクはどんな風に見える?」と
聞いた。ブルックは「とっても素敵よ!」と大げさな
口調で答えた。


マイケルのかつての師であったダイアナ・ロスは、彼のサングラスが
不吉な感じがして、はずすように言った。
しかしマイケルは聞き入れず、賞を受け取るために8度
ステージに上がった時も一度も外さなかった。


だが、ダイアナだけでなくキャサリン・ヘプバーンも翌日
マイケルに電話をかけてきて、言った。

「あのかっこ悪いサングラスを外しなさい。目を見せないなんて
ファンをばかにしているんじゃない?
それにマイケル、サングラスをかけてるあなたはまるで、
麻薬中毒者みたいよ」


受賞式のテレビ中継が終わり、関係者だけの豪勢なパーティが
開かれた。
マイケルはブルック・シールズと一緒に出席した。
テーブルの上には、ホストのクラークとクインシー・ジョーンズが
腰を降ろしていた。


パーティーのあいだ中、エマニュエル・ルイスがずっとマイケルの
膝の上に乗りっぱなしなのにはブルックも驚いた。

お開きの時間になり、マイケルはボディガードを呼び集め、
よちよち歩きの子供を扱うようにエマニュエルを抱き上げたままで
会場を抜け出して、リムジンに乗り込んだ。そして、ブルックも
そのあとに従った。


このころ、出版社のダブルデイ(元のバイキング社)は、
マイケルの回想録に30万ドルを支払ったと発表した。

出版業界で、もっともその名を知られた、かのジャクリーン・
オナシスが数か月前から交渉していた契約が、とうとう実を結んだ。


マイケルというその星は、ショービジネスの天空のもとで、
ますます輝きを増している。


今、テレビコマーシャルに出演するのは、名声にキズをつけることに
なる。
友人のマーロン・ブランドー、ジェーン・フォンダ、
スティーブン・スピルバーグ、ポール・マッカートニーは
口を揃えて、マイケルに警告を発した。


けれどもそれは、すでに手遅れだった。
だが、契約を破棄できないなら、せめてそれを神秘性を高める
手段として利用しよう。


そのため、マイケルは、自分が出演する2本の制作スポットを
自分で仕切ることにした。

音楽は「ビリー・ジーン」を使うが、コマーシャル用にすっかり
歌詞を書き換える。

ディレクターにボブ・ジラルディ(監督)を推薦して、振り付けは
全部自分で考えた。
さらには友人のスピルバーグさながら、最終カットの権利まで
要求したのである。
首尾よくこの案は受け入れられた。


顔を見せるのは4秒まで__この原則を念頭に置いて、
マイケルは自分のソックスや手袋、サングラスのショットを
使うよう提案した。


それは的を全く射ていた。
つまりマイケル・ジャクソンという人間は、その顔でなく、
見てすぐそれとわかる小物ですでに認知されていたのである。


これだけ口を出したのにもかかわらず、マイケルはペプシの
コマーシャルになぜか煮え切らない態度をとり続けていた。


マイケルはこのコマーシャルに「不吉な感じ」、
説明し難い何か恐怖感のようなものを抱いていたのだった。


撮影日が近づくにつれて、つかみどころのない不安は悪夢へと
変わっていく。


撮影前夜、マイケルは暑くて目が覚めた。
部屋の温度と湿度はちょうどいい20度に保たれている。
にもかかわらず、なぜかシーツは汗でじっとりと濡れていた。


翌日、ビバリーヒルズにあるインターナショナル・ギャラリー・
オブ・アンティークズの前に、166万3000ドルもした
ぴかぴかの新しいロールス・ロイスが停まった。


勢いよく車を降りてきたマイケルは、そこで派手に買い物をした。
「天使や子供を描いた絵画をたくさん見て、自分の家に合いそうな
絵を一つ選んでいったのです」
と店のマネージャーのサイモン・エブライミは語った。


この時マイケルは、19世紀に作られたフランス、トゥーサンの
ブロンズ像も購入している。


裸に腰布を巻いただけの男性が2対で組になったものだ。
値段は24万ドル。


さらに、母親のためにオパールをダイヤで囲んだ指輪を、
その他にちょっとしたアクセサリーもいくつか買ったのでこの
1時間足らずの買物の支払額はは50万ドルにもなった。


この気晴らしと言える効果も長くは続かなかった。
鳴り物入りで宣伝されたいたコマーシャルの撮影に入る直前、
マイケルにとって小さな事件、言ってみれば前兆と言うべき
できごとが起った。


女の悲鳴が聞こえたような気がしたので、ボブ・ジラルディが
楽屋に行ってみた。


するとトイレの個室で、便器に落ちた手袋をマイケルが唖然と
見おろしていた。


パニックから立ち直った彼は、自ら手袋を拾いハンドドライヤーで
乾かして、もう一度手にはめた。


「たまらないよ、ボブ」とマイケルは首を振りながら言った。
「いやな予感がしていたんだ……」




そして、事件は起こった。
マイケルジャクソンペプシCMの事故 2話へ















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posted by カヨ at 00:37| Comment(0) | ★ペプシCM撮影時の事故 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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