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2011年01月15日

スメリーマイケルは野暮な青年だったQ・ジョーンズ自叙伝


都会人をつとめて装っていたマイケル、当時まだ野暮ったかった彼を知るクインシー・ジョーンズのエピソードがここに。


クインシー・ジョーンズ自叙伝
(2002年10月)
原題「The Autobiography of Quincy Jones」
著者 クインシー・ジョーンズ 訳 中山啓子


MICHAEL


『スリラー』その6
(第36章、スリラーの記述)

名声を博するときには、準備をしておくべきだ。つまり、雨が降ればずぶ濡れになるのだ。

マイケルは『スリラー』が発売された3ヶ月後、マネージャーを変えた。
(注※デマンとワイズナー、1978年から1983年まで)私は有名なマネージャー、ジョン・レヴィに質問をぶつけたことがある。「ジョン、ちょっと知りたいんだが、いったいどこが忍耐の限界なんだい?どの時点で並みの女性シンガーがプリマドンナに変貌するんだい?」。(注*ジョン・レヴィ=ナンシー・ウィルソンを成功へと導いたミュージシャン&マネージャー)

続きは『スリラー』クインシー・ジョーンズ自叙伝よりその6

Q-and-michael-20years-Q-45years.jpg
(マイケル20歳、クインシー45歳)

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2011年01月14日

レナード・バーンスタインとQジョーンズ自叙伝よりその5

クインシー・ジョーンズ自叙伝
(2002年10月)
原題「The Autobiography of Quincy Jones」
著者 クインシー・ジョーンズ 訳 中山啓子


スリラー マイケル・ジャクソンがポップ・ミュージックを変えた瞬間



『スリラー』その5
(第36章、スリラーの記述)

マイケルは、地球という惑星のエンターテイナーの最高峰に登りつめた。私たちは一丸となって歴史を作った。若い黒人パフォーマーが世界の老若男女心を奪った前例はない。それは、大きな壁を破壊する快挙だった。


アルバムをプロモートするため、私はマイケルとヨーロッパ各地や日本を回り、仲間のフランク・ディレオとともに主要都市での記者会見をサポートした。

続きはこちら
『スリラー』クインシー・ジョーンズ自叙伝よりその5

L-Quincy Jones, Michael Jackson, Leonard Bernstein, Jamie Bernstein, and David Pack1986.jpg

Leonard Bernstein with quincy with michael-1986.jpg

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2011年01月04日

“夢の世界の住人マイケル“クインシー・ジョーンズ自叙伝よりその4

クインシー・ジョーンズ自叙伝
(2002年10月)
原題「The Autobiography of Quincy Jones」
著者 クインシー・ジョーンズ 訳 中山啓子


スリラー マイケル・ジャクソンがポップ・ミュージックを変えた瞬間



『スリラー』その4
(第36章、スリラーの記述)

マイケルの2曲が、パティ・オースティンとジェイムズ・イングラムの《ベイビー・カム・トウ・ミー》に続いたことによって、私は自分が手がけた3曲のナンバーワン・ヒットの間でチャートの順位が入れ替わるというユニークな体験をした。

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2011年01月01日

マイケル スリラー“音の糞に涙“クインシー・ジョーンズ自叙伝よりその3


クインシー・ジョーンズ自叙伝
(2002年10月)
原題「The Autobiography of Quincy Jones」
著者 クインシー・ジョーンズ 訳 中山啓子


スリラー マイケル・ジャクソンがポップ・ミュージックを変えた瞬間



『スリラー』その3
(第36章、スリラーの記述)

私たちは世界に向けて発表するレコードのテスト盤を聴くため、12時までにスタジオに戻らなければならなかった。私は眠ることができなかった。期待で胸が弾んだ。私たち全員ほとんど狂乱状態になっていた。


そのころスタジオでは、エピック・レコードのブラック・ミュージック部門の責任者ラーキン・アーノルドがシャンパンを開け、ファイナル・ミックスを聴く瞬間を待ち焦がれていた。

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マイケル音の糞に涙クインシー・ジョーンズ自叙伝よりその3へ続く
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2010年12月30日

マイケル ノーパン生尻に…“クインシー・ジョーンズ自叙伝よりその2

クインシー・ジョーンズ自叙伝
(2002年10月)
原題「The Autobiography of Quincy Jones」
著者 クインシー・ジョーンズ 訳 中山啓子


スリラー マイケル・ジャクソンがポップ・ミュージックを変えた瞬間


『スリラー』その2
(第36章、スリラーの記述)

そしてエンジニアを呼び、その場で即座にボーカルをつけた。マイケルは彼の心情を歌いあげた。その曲が《ビート・イット》だった。


私たちはホットな曲だと思った。実際スタジオで《ビート・イット》に取り組んでいたとき、エンジニアのブルース・スウェディンに呼ばれて行くと、右のスピーカーから火花が飛び散っていた。それは40年のキャリアがある私でさえみたことのない光景で《ビート・イット》はそれほど強烈だった。

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マイケルノーパン生尻にクインシー・ジョーンズ自叙伝よりその2
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2010年12月29日

マイケル スメリーの語源真相“クインシー・ジョーンズ自叙伝よりその1

クインシー・ジョーンズ自叙伝
(2002年10月)
原題「The Autobiography of Quincy Jones」
著者 クインシー・ジョーンズ 訳 中山啓子




『スリラー』その1
(第36章、スリラーの記述)

私は『スリラー』を2か月と少しで完成させなければならず、文字通りロケットのように突進した。

続きは↓

スメリーの語源真相クインシー・ジョーンズ自叙伝スリラーよりその1を見る


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2010年12月27日

マイケルとE・Tとスピルバーグその3

マイケルとE・Tとスピルバーグその3

救済 マイケル・ジャクソン 児童性的虐待疑惑(1993年)の真相


会社や双方の弁護士やらとコトはこじれ、ややこしいことになっていくスティーブンとクインシー…

「クインシー・ジョーンズ自叙伝」より
(2002年10月)
原題「The Autobiography of Quincy Jones」
著者 クインシー・ジョーンズ 訳 中山啓子

第35章 スピルバーグ
その3

クラレンスはスティーブンや私も含めて当事者すべてと付き合いがあり、シェインバーグもよく知っていた。彼は感謝祭の翌日、弁護士事務所に私たち全員を集め、話し合いをもたせた。

続きを見るマイケルとE・Tとスピルバーグその3へ続く
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2010年12月23日

マイケルとE・Tとスピルバーグその2


救済 マイケル・ジャクソン 児童性的虐待疑惑(1993年)の真相


「クインシー・ジョーンズ自叙伝」より
(2002年10月)
原題「The Autobiography of Quincy Jones」
著者 クインシー・ジョーンズ 訳 中山啓子

第35章 スピルバーグ
その1

私はささいな問題についてはユニヴァーサルの弁護士が解決するものと決めてかかり、すぐさま仕事に取り組んだ。


そのプロジェクトは難物だった。ストーリーブックには可もなく不可もない物語がついていたが、私たちは、映画を観ていないリスナーがレコードを聴くことによって、そのストーリーを完全に理解できるよう、歌詞に置き換える必要があった。

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マイケルとE・Tとスピルバーグその2へ続く
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2010年12月21日

マイケルとE・Tとスピルバーグその1


救済 マイケル・ジャクソン 児童性的虐待疑惑(1993年)の真相


「クインシー・ジョーンズ自叙伝」より
(2002年10月)
原題「The Autobiography of Quincy Jones」
著者 クインシー・ジョーンズ 訳 中山啓子

第35章 スピルバーグ
その1


マイケル・ジャクソンと2枚目のアルバムに着手しようとしたころ、私はスティーブン・スピルバーグと出会った。


スティーブンが『E.T.』を撮影している間、私はマイケルの『スリラー』をレコーディングしていた。私とスティーブンは、当時スティーブンと交際していたワーナー・ブラザーズの音楽出版部門の幹部、キャスリーン・ケアリーに紹介された。そして私とスティーブンは、意気投合した。

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2010年12月19日

マイケルウィ・アー・ザ・ワールドが及ぼした影響その6

クインシー・ジョーンズ自叙伝
(2002年10月)
原題「The Autobiography of Quincy Jones」
著者 クインシー・ジョーンズ 訳 中山啓子


We Are The World ザ・ストーリー・ビハインド・ザ・ソング 20th アニヴァーサリー・スペシャル・エディション [DVD]


ウィ・アー・ザ・ワールドが及ぼした影響はとてつもないものでした……
クインシーの自叙伝を読むと、この46人の団結が薄氷を踏むようなものであったことも
描かれています。



ウィ・アー・ザ・ワールド その6
(第39章、ウィ・アー・ザ・ワールドの記述)

あの夜、愛と才能と神の恵みが豊かに、複雑に綴られた人間味あふれるタピストリーを制作しながら感じた喜びは、後にも先にも味わったことのないものだった。


このイヴェントは、私たちが夢にも思わなかった影響を及ぼすことになった。それは私たちの想像を絶した。

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ウィ・アー・ザ・ワールドその6クインシー・ジョーンズ自叙伝へ

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