fx 比較
レーシック

2016年06月11日

モリッシー、プリンスについて「エリザベス2世よりもずっと王家らしく気高い」と追悼


モリッシーは「長年のヴィーガンであり、畜殺場の全廃を強く訴えてきた提唱者」であるとして亡くなったプリンスに追悼の意を表明している。


モリッシーはファンサイト「トゥルー・トゥ・ユー」にテキストを寄せて、動物の権利に対するプリンスの活動について見過ごしているとして、プリンス逝去に対する報道を批判している。「わたしが昨日目の当たりにした100のテレビ番組では言及されなかった」とモリッシーは綴っている。「彼の神秘的な人生と悲しい死を特集しているにもかかわらず」


プリンスが亡くなったのを受けて、動物愛護団体のPETAはプリンスの援助に光を当てている。「たくさんの人間の苦悩があるにもかかわらず、なぜ動物への関心を持っているのかと尋ねられたプリンスは『共感とは境界のない行動なのです』と答えています」



プリンスはPETAの20周年パーティの際には“Animal Kingdom”という楽曲を送っている。同曲の歌詞には「アニマル・キングダムにはわたしにそんなことをしてくる人はいなかった/だから、僕は赤い肉も白身魚も食べないんだ/ブルーチーズを渡さないでくれ/僕らはみんなアニマル・キングダムの住人なんだ」といった一節が含まれている。


2015Morrissey_LarryKing_2_200815-720x477.jpg



モリッシーによる追悼文の全文訳は以下の通り。


「プリンスは長年のヴィーガンであり、畜殺場の全廃を強く訴えてきた提唱者だ。でも、このどちらも、彼の神秘的な人生と悲しい死を特集しているにもかかわらず、わたしが昨日目の当たりにした100のテレビ番組では言及されなかった。



この2点は、権力者層の利益に反する表現だと認識されているから言及されなかったのだろう。僕らのようなガレー船を漕ぐ単なる奴隷には、知ることは許されないのだ。



プリンスは思っているよりも世界に影響を与えてきた。彼の音楽の人生はまだ始まったばかりであり、彼が歌ったように、叙情的な人生を送ったことに対して人間だけでなく、動物からも感謝されることになるだろう。人間よ、分かる通り、世界のはお前らだけのものではない。



一方、プリンスの肉体が消え去った同じ日、ロンドンとイングランドは2つの非常に異なる国のまま、ロンドンでは、ずる賢い女王が90回目の誕生日を祝っていることを報道メディアが(バッキンガム宮殿の横暴な指示に従って)世界に伝えている。



イギリス全土が60年以上『仕えた』(彼女自身に対してであって、国民に対してではない)君主を誉め称えていると、僕らは確信している。しかし、祝福の形跡はなく、実際のところは国民の無関心が密かに報告されている。



この心的迷路の中で、問題の核心は何なのか、皆はずっと分かっていた。つまり、君主制は新しい無秩序だ。それは、白人至上主義、社会的抑圧、専制政治、弾圧、思想統制、強制力支配、少数派支配、独裁、SW1エリアを越えた路上での不公平などだ。



エリザベス女王の90回目の誕生日で本当にお祝いできることと言えば、彼女が家系の終わりであるという現実だ。



他に何がある? プリンスは、彼の人生を、富をもたらすものとは対立するものとして重要視したし、エリザベス2世よりずっと『ずっと王家らしく気高い』存在であり、彼女よりはるかに哀悼されるだろう。なぜなら、どんなにたくさんのお金を払って、つまらない話の洪水を世界の新聞にあふれさせたとしても、彼女は自分が愛されるようには決してできなかったんだ。



バッキンガム宮殿のカモメは、棒を振り回した人間を絶対に許さない。もちろん、僕らは、カモメが下にいる人たちの上で何をする傾向があるかよく分かっている。プリンスは人々が愛している王家だが、エリザベス2世に関しては、彼女を好きかどうかを尋ねられることもなく、人々は押しつけられてきたんだ。

モリッシー 2016年4月22日」




報道の通り、プリンスは現地時間4月21日に自宅のペイズリー・パークで、享年57歳で亡くなっている。プリンスはスタジオでもある自宅のエレベーターで倒れているところを発見された。同日の午前10時7分に亡くなったことが宣言されている。検死は既に行われたが、死因についてはまだ明らかになってない。


本名をプリンス・ロジャー・ネルソンという1958年の6月7日に生まれ、これまでに39枚のスタジオ・アルバムをリリースしており、40年近くにわたって音楽的キャリアを築いてきた。1982年に通算5作目となるアルバム『1999』をリリースして世界的な名声を得て、1984年発表の通算6作目のアルバム『パープル・レイン』で世界的な成功を収めている。同作はアメリカ、UK、オーストラリア、スイス、フランスでプラチナ・アルバムを獲得している。

プリンスは昨年『ヒットエンドラン フェイズ・ワン』と『ヒットエンドラン フェイズ・ツー』という2枚のアルバムをリリースしており、最近では自伝『ザ・ビューティフル・ワンズ』を執筆中であることが報じられていた。






記事引用は⇒http://nme-jp.com/news/18767/

2016年04月22日

歌手プリンス57歳死亡2016年4月22日






プリンス…ソングライター、歌手、プロデューサーとして長きに渡り活躍しました。ミネソタ州チャンハッセンの自宅ペイズリーパークで木曜日に死亡しました。彼の広報担当者イヴェット・ノエル・シュレーが発表しました。彼は57でした。

氏の原因は明らかにされていません。カーバー郡保安官、ジム・オルソンは、救急担当が9:43時に緊急呼び出しに応答しました。医療関係者が到着したとき、彼らはエレベーターの中で応答しない成人男性を発見しました。第一応答者は、命を救うCPRを提供しようとしましたが、被害者を蘇生することができませんでした。彼は、保安官事務所は、今後死の原因の調査を続けていくと10時07分に発言しました。


先週、プリンスは健康の急激な悪化により緊急着陸をしていた件について、ノエル・シュレーは、「インフルエンザと考えられる」と言いました。

prince-thumbnail2.png

prince2-thumbnail2.png
ペイズリーパークに掲げられた花



以下ABCニュースより、


PRINCE death of a legend

世界中で多くのファンが愕然としています。アーティストプリンス氏が亡くなりました。57歳でした。警察がミネソタ州の自宅から通報を受け急行しました。先週はインフルエンザのため、入院していました。


80年代から大人気のスーパースターは、性的人種的宗教的な表現で論争を引き起こしました。大ヒットした「パープルレイン」は1300万枚以上を売り上げました。世界中で数億枚を記録しています。


自宅兼スタジオの前には人びとが集まっています。


今年初めにツアーを開始、最近は回想録を執筆していると話していました。
彼は壮大なショーをすることで知られるアーティストでした。スーパーボールでは多くの観客を沸かせました。


7日前、アトランタの舞台に立ち、ひとりで紫のピアノを演奏していました。しかしその数時間後、(6日前)登場していた飛行機がイリノイ州モーリンのクワッドシティ国際空港に緊急着陸しました。プリンスは病院に運ばれました。


広報担当者によると、インフルエンザだったといいます。今月に入って2度アトランタのコンサートを中止していました。そして、その3時間後自宅に戻り、プリンス本人は、「まだコンサートの余韻でふわふわしている、自分は生まれ変わった」I am still floating on a cloud of purple intoxication after last night's Piano & A Microphone show in Atlanta. I am #transformedとツイッターしていました。






次の日、ファンに「自分は大丈夫だよ」とメッセージして、ペイズリーパークのスタジオに姿をあらわし、「無駄にしないよう、数日待ってください」と述べています。それが先週土曜日でした。


その後しかし、21日9時43分、救急車が自宅に呼ばれる事態となりました。プリンス氏はエレベーターで意識を失っているところを発見されました。救急士がCPRを試みましたが蘇生させられませんでした。10時7分、プリンス・ロジャース・ネルソンは死亡と発表されました。


prince3-thumbnail2.png
書き替えられた地下鉄の表示
prince-2-thumbnail2.jpg
ハーレムのアポロシアターは「あなたと比べられるものは何もない」とのメッセージを掲げました。
アポロシアター







記事引用は⇒ABC
人気ブログランキングへ にほんブログ村 芸能ブログ 海外芸能人・タレントへ

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。